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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)5231号 判決 1993年9月03日

主文

一  被告大阪市は、原告に対し、金四〇万三六三〇円及びこれに対する平成二年七月二五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告乙山に生じた費用は原告の負担とし、原告及び被告大阪市に生じた費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告大阪市の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自三三〇万三六三〇円を支払え。

第二  事案の概要(一ないし四の事実には争いがない。)

一  原告は、本件当時、被告大阪市が設置、運営及び管理する大阪市立此花工業高等学校(以下「本件高校」という。)の電気科二年に在学しており、被告乙山は、被告大阪市の公務員で、原告の製図実習を担当していた実習助手であつた。

二  平成元年一一月二二日の昼休み時、本件高校の電気科製図室において、原告が被告乙山の製図上の注意を守らなかつたことが発端となつて、被告乙山が原告の頭部付近を教務手帳で複数回叩き、それに対して原告が、被告乙山の顔面を手拳で一回殴打するという事件が起こつた。

三  このため、本件高校は、同年一二月五日、原告を、右事件の日に遡つて五〇日間の特別指導に付した。

四  原告の特別指導は、翌平成二年一月一一日に解除されたが、原告は、平成二年三月の学年末の成績認定において、電気製図科について、進級認定に必要な点数(四〇点)を取得できなかつた。そこで、原告は、本件高校が実施する追加単位認定評価(以下「追認」という。)を受講することとしたが、受講申込時の態度などが原因で、受講開始が三月二二日に遅れ、全四六時限の追認時間中、最初の二四時間を受講できなかつた。そして、結局、原告は、追認評価の課題を完成させることができず、三月二七日、原級留置処分を受けた。このため、原告は、四月一日から大阪市立泉尾第二高等学校定時制第三学年に転学した。

五  原告は、本件において、<1>二の被告乙山の原告に対する暴行は違法であり、右暴行によつて原告は傷害を受けた、<2>三の本件高校の原告に対する特別指導決定は違法である、<3>四のように原告の追認評価受講が遅れたのは、被告乙山が違法に受講を拒絶し、本件高校が適切な対処をしなかつたからであり、これらを考慮せずに原級留置処分をしたのは違法である、と主張し、被告乙山に対しては民法七〇九条に基づき、被告大阪市に対しては国家賠償法一条に基づき、三三〇万三六三〇円(治療費三六三〇円、慰謝料三〇〇万円、弁護士費用三〇万円)の損害賠償請求をした。

第三  争点

1  平成元年一一月二二日の被告乙山の原告に対する暴行が違法か否か。

2  本件高校の原告に対する特別指導決定が違法か否か。

3  原告が追認受講に遅れたのは、被告乙山の違法な受講拒絶や、本件高校が適切な対処を怠つたことによるものか否か。

4  本件高校の原告に対する原級留置処分が違法か否か。

第四  争点に対する判断

一  平成元年一一月二二日の被告乙山の原告に対する暴行が違法か否か(争点1)

1  事実経過

《証拠略》によれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 被告乙山は、平成元年度、本件高校において、電気科の製図科目教科担当高橋清教諭の実習担当助手として、原告ら二年の製図実習を担当しており、同年度は、毎週水曜日の五、六時限目の指導を担当していた。被告乙山は、原告が一年のときも、製図実習の担当であり、授業の際には、被告乙山と高橋教諭の双方が教室に入り、指導に当たつていた。

被告乙山は、製図の指導に当たつては、正しく図面を書くこと、能率よく図面を書くこと、きれいに図面を書くこと、図面が読めることの四点に重点を置いており、本件高校の卒業生の大半が就職し、卒業後すぐに実務に就くことから、その基礎となる技術の習得を指導していた。

(二) 被告乙山は、日頃から、製図は、

(1) 製図室に備えつけてある製図机においてドラフターを使用して作図する、

(2) 課題は、所定の授業時間内にケント紙に原図を作成し、それをトレーシングペーパーにトレースして仕上げる。

(3) 完成・未完成を問わず、所定の授業時間終了時に提出することとし、次の授業では新しい課題の製図に移り、未完成の生徒については、期末試験後や学力補充授業時に完成の機会を与えるほか、トレースが完成まで僅かで、次の課題の製図授業が始まる前の休息時間内に仕上がる程度の生徒は、申し出て許可を受けて、製図机で作図する、

といつた指導を行つてきた。

(三) 平成元年一一月二二日の昼休み時、被告乙山は、原告と同じ二年B組の生徒から、未完成の製図を仕上げたい旨の申し出を受けて、五時限目の始業時までに完成できそうな生徒に製図作業の許可をし、そうでない生徒には許可をせず、別紙「製図教室配列図」中のアの机で授業の準備をしていた。

そこへ、原告が、教室内に入つてきて、被告乙山に断ることもなく、自分の作品を取り出し、作品提出机(別紙「製図教室配列図」中のイの机)に向かつて、竹尺とペンシルだけでトレースを始めた。原告の右作品は、ケント紙の原図すら一部未完成で、トレースは一切書いていなかつたが、原告は、トレースを始めた。

被告乙山は、原告が右の作業をしているのに気づき、アの机の場所から、「勝手に作品を持ち出すな、それに短時間でできる内容ではないから止めよ、そんな状態で書いても正確には書けない、勝手に書いた作品は評価できない。」と何度も注意したが、原告は、「点なんかいらん、評価しなくていい。」と口答えしつつ作業を続けた。

そこで、被告乙山が、原告の作業を止めさせようと、作品提出机との中間にあるロッカー付近まで近づくと、原告は作業を中止し、作品を元に位置に戻したが、なお、「点なんかいらん、今までのもこれからのも点はいらん。」などと繰り返し発言した。この間、製図教室内にいた他の生徒は、「やめとけ、ええ加減にしとけ。」などと発言していた。そこで、被告乙山は、注意をするために、原告の頭部付近を、手に持つていた教務手帳(厚紙製表紙の縦二七センチメートル×横一三センチメートル程度の大きさのもの。)で数回叩いた(被告乙山が原告を叩いた態様については、後に検討する。)。これに対し、原告は、被告乙山の左顔面を、右拳で、一回殴つた。そのため、被告乙山の眼鏡が破損して床に飛び散り、教務手帳も飛び、同人の左こめかみから出血があつた。被告乙山は、原告に、「何をしたのかわかつているのか、下手をすると退学になるぞ。」と注意をしたが、原告は、「よかつた、よかつた、これでやめられる。」と繰り返し述べた。

(なお、原告は、被告乙山は、作品提出机で作業していたところをいきなり叩いてきたと供述するが、当時トレースしていた用紙の線に乱れがないこと、原告供述のとおりとすると、被告乙山の左こめかみを直撃するように殴るには体勢が不自然なことに照らして、採用できない。また、原告は、原告が被告乙山を殴ると、被告乙山は「退学やな。」と言つたと供述するが、次に認定する被告乙山の小舟教諭に対する要望からして、採用できない。)。

(四) 原告の一年次からの担任であつた小舟教諭は、生徒からの連絡で、製図教室に赴いたところ、被告乙山から、原告に殴られたが、原告が「よかつた、よかつた、これでやめられる。」と発言していたので、その発言に注意して事情聴取して欲しいとの要望をうけた。

小舟教諭は、原告を担任会室に連れていき、事情聴取をしたが、原告は、泣いて黙つているだけであり、様子を見にやつてきた被告乙山が殴つた理由を聞くと、「お前には関係ないやろ。」などと言つた。小舟教諭は、なおも事情聴取を続けたが、原告は、「退学になつたらお母さんに悪い。」、「よかつた、よかつた、これでやめられる。」、「メガネのほうは弁償する。」といつた言葉しか言わなかつた。また、被告乙山を殴つた理由については、原告は、叩かれて痛かつたので反射的に手が出たと述べていた。

小舟教諭らは、原告が被告乙山を殴つた事情や、「よかつた、よかつた、これでやめられる。」といつた言葉の意味が理解できなかつたので、一旦原告を自宅へ帰した後、家庭訪問をして事情を聴取したが、詳しい事情聴取はできず、自宅待機とした。

小舟教諭らは、翌々日の同年一一月二四日(二三日は休みである。)に再び家庭訪問を行い、原告から事情を聴取したが、その中で、原告は、被告乙山が教務手帳か素手で原告の頭部付近を叩き、左耳に当たつて、それ以来耳が痛いという趣旨のことを述べた。そこで、生活指導課の奥村教諭が、病院に行くように指示し、翌一一月二五日に原告が弥永医院を受診したところ、左鼓膜破裂と診断され、一二月八日まで通院し、治療を受けた。

2  原告の主張

(一) 被告乙山は、原告の「点なんかいらん。」と言つた発言を止めさせるために、原告に暴行を加えたのであるが、一般に教員が、児童生徒の違反行為に対して、事実上の懲戒として、身体に対する有形力を行使することは、体罰として禁止されている(学校教育法一一条但書)。しかも、本件では、原告には違反行為はなく、本来自由な発言が許されている昼休みの他人に迷惑をかけない言動に対して有形力が行使されており、懲戒行為に当たらず、教員による腹立ちによる殴打行為に過ぎない。

また、被告乙山は、実習助手に過ぎず、学校教育法上懲戒権限を与えられていないのであるから、この意味でも、被告乙山の暴行は、懲戒行為とは言えない。

(二) また、被告乙山は、教務手帳で原告を叩くに当たり、頭頂部のほか、左耳をも叩き、それにより、原告に対し、左鼓膜破裂の傷害を負わせたものである。

(三) 以上より、被告乙山の暴行は、明らかに違法である。

3  被告の主張

(一) 被告乙山は、原告が指導に従わない方法で製図作業をしていた行為は、製図教育の目的とする基本的指導事項に反するばかりか、社会の基本的行動様式、生活習慣に反し、学校生活において守るべき基本的な規律に反したもので、かかる行為を放置した場合、本件に対する教育目的が達せられないだけではなく、他の生徒の教育にも重大な障害を及ぼすことから、厳重に指導注意する必要があり、原告に口頭で再三注意しても従わないので、原告にその言動の重大さを注意喚起し、覚醒させるために、やむなく行つたものである。

(二) そして、被告乙山は、右注意指導においては、終始冷静のうちに原告に対応しており、叩くという、形式的には身体に対する侵害を伴うものではあるが、柔らかい教務手帳で頭頂部を叩いたに過ぎず、肉体的苦痛を与えない程度のものである。被告乙山は、原告の頭頂部を二回叩いたに過ぎず、左耳は叩いていない。したがつて、原告の左耳鼓膜破裂の傷害と被告乙山の右行為との間には、因果関係がない。

(三) 以上より、被告乙山の行為は、学校教育法一一条本文の懲戒としての叱責行為であつて、何ら違法ではない。

4  当裁判所の判断

(一) 本件行為の目的について

被告乙山が原告の頭部付近を叩くに到つた経緯は、先に認定したとおりであり、原告が、一旦指導に従つて製図作業を止めたものの、なお、「点なんかいらん。」と言い続けることから、発言を止めさせるために右行為に出たものである。そして、被告乙山本件供述によれば、同人が右行為に出た実質的理由は、周囲には同じクラスの生徒がいることでもあり、原告が右のような言葉を吐いて、引つ込みがつかなくなつたら困ると考えたからであると認められる。また、被告乙山は、事件直後、小舟教諭に対して、原告の発言内容に注意して事情聴取をするよう要望している。

このことからすれば、被告乙山の右行為は、教育的目的に出たものと認められる。原告の右発言が、それ自体では他人に迷惑をかけるものではなく、また、昼休み中の発言であるからといつて、原告主張のように、直ちに被告乙山の右行為が腹立ちによるものと見ることはできない。

(二) 本件行為の程度について

被告乙山が原告を叩いた行為と原告の傷害との因果関係については、当事者間で激しく争われているが、被告乙山の行為の態様については、被告乙山本人供述のように、頭頂部のみを二回叩いたということも、また、原告本人供述のように、頭頂部のほかに左耳をも叩いたということも、いずれも十分にあり得ることである(原告は、小舟証言を援用するが、右証言は、被告乙山の行為態様に関して著しく混乱しており、その一こまを捉えて信用性を認めることはできない。)。

しかし、原告が左耳痛を訴えるに到つたのは、本件事件の二日後の一一月二四日と比較的早い時期であり、原告の傷害が左鼓膜破裂であつて、たやすく起こるものとも思えず、他に原因となるような事情も特に窺われないこと、被告乙山(右利きである。)の教務手帳が左耳に当たつたとすれば右傷害が生じてもおかしくないこと、からして、原告の右傷害は、被告乙山の行為によつて生じたものと推認される。

これに対し、被告は、原告が左耳の異常を訴えたのは事件から二日も経つた後であると主張するが、先に認定した事実によれば、原告は一一月二四日の事情聴取までは、事情を詳しく話さなかつたのであるから、二日後に耳の異常を話したことが遅いとは言えない。また、被告は、原告自身、被告乙山の行為を「何か当たつた程度」にしか感じていないと主張するが、先に認定したように、原告は、被告乙山を殴つた理由として、当初から、痛かつたから反射的に手が出たと述べているのであり、原告の右陳述書の記載を文字通りに受け止めることは適当でない。さらに、被告は、甲第四号証の診断書の記載に、「外傷性」との記載がないと主張するが、そもそも鼓膜裂傷について外傷性か否かを明確に峻別できるのか疑問であるし、少なくとも右診断書の記載は、右認定を覆すに足りる記載ではない。

(三) まとめ

右認定からすると、被告乙山の行為は、教育目的に出たものではあるが、それによつて原告の左耳に鼓膜破裂の傷害を負わせてしまつたものである。被告乙山には、いきなり右行為に出たものではなく、口頭での再三の注意をしたにもかかわらず、原告が指導に従わないので、やむなく行為に出たという事情もあるが、原告に対し、加療二週間を要する傷害を与えたことは、たとえこれに対する原告の反撃行為を考慮したとしても、違法であると言わざるを得ない。

二  本件高校の原告に対する特別指導決定が違法か否か(争点2)

1  事実経過

《証拠略》によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 小舟教諭らは、事件当日、二日後の一一月二四日及び二九日と原告を家庭訪問して、事情聴取をし、他方、被告乙山に対しても、事件当日、一一月二七日及び二八日に事情聴取を行つた。

原告は、事情聴取に対しては、製図作業について、被告乙山の指導に従わなかつたことは認めたものの、被告乙山を殴つたことについては、自分は悪くないから絶対に謝らないと拒絶し、また、「よかつた、よかつた、やつとやめられる。」という発言については、学校をやめて小説家になりたいと述べていた。

原告と被告乙山の述べる内容は、被告乙山が原告を叩いた際の体勢や態様について食い違いが残り、一一月二八日には、原告の診断書が本件高校に提出された。また、この間、原告の母親から、本件高校に対し、原告を公平に扱つてほしい旨の要望が伝えられた。

本件高校では、原告の扱いについて担任会や学年会を開いて協議し、担任会において、教師に対する暴力と情動未熟を理由として、事件当日に遡つて無期(目安は五〇日間)の停学(特別指導)案を決定し、それを学年会に諮つた。学年会では、退学との意見もあつたが、支持者がなく、原案どおり決定され、一二月四日の職員会議に諮られた。そして、職員会議では、被告乙山が原告を叩いた際の態勢、叩いた場所について、両者の言い分の相違が提示されたが、被告乙山の行為と原告の傷害との因果関係について特に認定することなく、賛成四二、反対一二で、原案どおり決定された。

そして、一二月五日、右決定が、本件高校長から、原告及び同伴の原告の母親に申し渡された。

なお、本件高校長は、原告に対する特別指導と同時に、被告乙山に対し、原告に手をかけたことは指導方法として好ましくないということから、厳重注意を行つた。

(二) 本件高校は、一二月五日から期末考査期間に入つたので、小舟教諭らは、特別指導期間中、一般生徒との接触を避けて原告を登校させ、教科書指導やカウンセリング指導を行い、また、期末考査を参考受験させるなど、一一日間登校させ、登校しない日は冬季休暇中でも家庭訪問を六日行つて、原告と接触し、指導を行つた。

この間、小舟教諭は、原告に対し、被告乙山に謝るよう指導したが、原告は、製図に関する指導に従わなかつたのは自分が悪かつたと認め、反省文も書いたものの、被告乙山を殴つた点については、頑として謝る必要はないとして聞き入れず、反省文も一二月二日以降は書かなかつた(原告本人は、特別指導言渡後は、反省文や日課表を書くようにとの指導は受けなかつた旨供述するが、特別指導言渡前にはそのような指導をした本件高校が、言渡後にそのような指導をやめるとは到底考えられず、《証拠略》に照らしても、右供述は採用できない。)。

(三) このような状態で、五〇日が経過し、原告の反省状況は芳しくなかつたが、これ以上原告を特別指導の状態で指導して行つても、状態は好転しないと判断し、学年会で、原告が被告乙山に対して謝罪することを条件として、特別指導を解除することとした。

平成二年一月一〇日、小舟教諭は、原告に対し、被告乙山に対してせめて「よろしくお願いします。」と言うように指導し、また、原告も、懇意にしていた山田教諭らの説得により、指導に従わずに作図をしたことについては謝ろうと考え、被告乙山のところへ行つた。しかし、原告は、被告乙山の顔を見るや、へらへらと笑い出した。小舟教諭は、被告乙山に頼み込んでもう一度謝罪の機会を作つてもらつたが、結局、原告は、声に出して言わなかつた(ただし、原告自身は、謝罪したつもりであつた。)。

しかし、学年会は、一月一一日に特別指導を解除する旨決定し、翌一二日、本件学校長から、原告及び同伴の原告の母親に対して、特別指導解除が言い渡された。

(四) しかし、原告は、特別指導解除後、電気製図実習の授業に取り組む意欲を見せず、平成二年三月の第二学年の成績認定において、電気製図科につき、進級認定に必要な点数(四〇点)を取得できなかつた。

2  原告の主張

(一) 本件特別指導は、明らかに原告の本件高校における教育を受ける権利を一時停止させるもので、法律上の停学処分であり、不利益性を持つ行政処分である。

(二) 右処分は、<1>原告の被告乙山に対する本件暴行行為が、あくまで被告乙山からの暴行に対して反射的に行われたものであるという事実を考慮していないうえ、<2>被告乙山に対しては何らの処分をしない(被告乙山が校長から受けた厳重注意は、懲戒規定上のものではなく、事実上のものに過ぎない。)という極めて公平を欠く処分であり、さらに、<3>原告の暴行行為は、被告乙山が加療を要する傷害を負うほどのものではなかつたことからしても、相当性を欠く、不当に重い処分である。本件で、原告に対する何らかの指導は必要であつたとしても、停学処分という、退学に次ぐ重い処分にするということは、重すぎるのであり、仮に停学処分相当だとしても、五〇日間という長さは重すぎるのである。

また、<4>右処分は、被告乙山が原告に暴行を加えた態様や、原告の鼓膜破裂等の傷害と被告乙山の暴行との因果関係を確定することなくされたもので、処分の理由となる事実を、処分庁たる校長が認定せずに決定したものであり、原告に不利益処分を課すための適正手続を満たしていない。

さらに、<5>本件高校は、原告の情動未熟をも右処分の理由にするかの如くであるが、原告の情動未熟という点も、単に、原告の本件事件前後の「よかつた。よかつた。」、「点なんかいらん。」という表面的な発言のみを根拠とするものであり、停学処分を正当化する根拠とは言えない。

むしろ、<6>原告が何ら反省の態度を示さないにもかかわらず特別指導を解除したことからしても、被告高校は、他の生徒への見せしめのために本件処分を行つたものであることは明白である。

そして、<7>現に、原告は、違法な本件処分によつて、電気製図に対する学習意欲を減退させ、進級認定に必要な点数を取得できなかつたのであつて、本件処分は、原告に対する教育上も有害なものであつた。

(三) 以上より、本件特別指導処分は、その理由や程度において、合理性・相当性を欠く、違法な処分である。

3  被告の主張

原告に対する特別指導は、被告乙山と原告の双方からの再三にわたる事情聴取の結果、すべてを担任会、学年会、職員会議の席上で報告されており、原告の性情等も考慮し、教育的な面を重視して決定されたものであり、教育的裁量の範囲内に属するものである。

4  当裁判所の判断

(一) 先に認定したように、原告は、特別指導期間中、登校をして他の生徒と一緒に授業を受けることは認められず、担任等の指示のあつた場合のみ登校して、他の生徒とは全く別に指導を受けることができるに過ぎなかつた。そして、原告は、学年末考査も正式に受験することができず、登校呼び出しのない日は自宅で学習するのみであつた。

右のような運用に加え、職員会議議事録に議案の内容として「無期停学五〇日」と記載されていることからすると、本件高校が実施した特別指導とは、学校教育法施行規則一三条二項所定の停学処分に該当するものと解される。

(二) ところで、高等学校の生徒に対する懲戒処分は、その教育目的を達成するために認められるものであるから、校長が生徒に対して懲戒処分を行うに当たつては、その行為が懲戒に値するものか否か、また、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決するについては、当該行為の軽量のほか、生徒本人の性格及び平素の行状、右行為の他の生徒に与える影響、懲戒処分の本人及び他の生徒に及ぼす訓戒的効果、右行為を不問に付した場合の一般的影響等、諸般の要素を考慮する必要があり、これらの点の判断は、校内の事情に通尭し直接教育の衡に当たるものの合理的な裁量に任すのでなければ、適切な結果を期しがたいものである(最高裁判所昭和二九年七月三〇日第三小法廷判決・民集八巻七号一四六三頁、同裁判所昭和四九年七月一九日第三小法廷判決・民集二八巻五号七九〇頁参照)。したがつて、具体的事案における懲戒処分は、その処分の選択が、当該事案における具体的諸事情を総合的に考慮して、社会通念上合理性を認められない場合でない限り、懲戒権者の裁量の範囲内に属するというべきである。

本件では、懲戒の基礎事実として、原告が被告乙山を手拳で一回殴り、傷害を負わせたことは、関係各当事者に明らかな事実であつたのであり、原告は、事件直後の事情聴取から特別指導期間中を通じて、右行為に対する反省の態度を全く表していなかつた。このような場合、当該生徒を停学処分にすることは、社会通念上決して不合理とは言えない(原告は、被告乙山は加療を要するほどの傷害を負わなかつたと主張するが、同人が当日左こめかみから出血していたことは先に認定したところであり、また、証人岩根朝子の証言によると、同人が一一日二五日に被告乙山に会つた際、被告乙山には傷痕があつたというのであるから、診断書こそ出ていないものの、被告乙山が傷害を負つたことは明らかである。また、原告は、処分庁である校長が、懲戒の理由となる事実を認定せずに本件停学処分を決定したと主張するが、本件処分の基礎となる事実は、原告が被告乙山を殴つたという事実であつて、これが関係各当事者に明らかであつたことは前記のとおりである。)。

また、期間の点を見ても、《証拠略》によれば、過去、本件高校では、教師に対する暴力で特別指導になつたのは、七〇日とか九〇日の例があり、それらはいずれも教師に傷害を負わせることはなかつたと認められるのであつて、これらの事例と比較すると(原告主張のように喫煙の場合と比較するのは相当でない。)、本件処分が著しく均衡を失するものとは言えない。しかも、本件では、五〇日間の停学処分と言つても、冬季休暇期間が含まれているのであつて、一二月五日以降は学期末試験期間に入つたことを併せ考えれば、原告の学習上の不利益はさほど大きくなかつたとも考えられるのである(《証拠略》〔原告の成績通知票〕を見ても、保健を除き、二学期の成績は一学期の成績と大差がないことが認められる。)。

また、本件特別指導決定の理由には、原告の情動未熟も挙げられているが、先に認定した事実からすると、原告は、作図中の被告乙山の注意に対して、「点なんかいらん。」と述べ、被告乙山を殴つた後には、「よかつた、よかつた、これでやめられる。」と不可解な発言をし、事件直後の小舟教諭の事情聴取に対しては泣くばかりであつたのが、被告乙山が顔を出すと、「お前には関係ないやろ。」と暴言を吐いていることが認められ、外見上は、原告の情緒不安定が強く窺われるところである。そして、《証拠略》によると、本件高校は、原告に対し、一一月三〇日にカウンセリングを実施していることが認められ、さらに一二月一八日にも実施していることが認められるのであつて、教師達が、情動面にも重大な問題意識を有していたことが推認される(原告は、教師らの右問題意識は、原告の事件当時の表面的な発言のみを根拠にしていると主張するが、このようにカウンセリングを実施し、先に認定したように数回の家庭訪問を行つていることからすれば、右主張のようには見ることはできない。)。このように、本件停学処分には、単に教師に対する暴力について反省を求めるというに留まらず、より広く、原告の情動面について理解し、普段と異なる環境下で成長を促すという契機が込められていることは否定できないのであつて、本件特別指導が単なる見せしめであるという原告の主張は、採用できない。

さらに、原告は、原告の行為は被告乙山の暴力に対する反射的行為に過ぎず、被告乙山が何ら処分されないのは極めて公平を欠くと主張する。しかし、被告乙山もまた、校長から厳重注意処分を受けていることは前記認定のとおりであり、また、前述のように、高等学校の生徒に対する懲戒処分は、諸事情を総合的に判断してなされるべきものであるから、両者の処分に釣り合いが取れていないからといつて、直ちに校長の行つた停学処分が違法になるわけではない。

(三) 以上の次第であり、本件停学処分は、社会通念上合理性を認められないとは言えず、違法でない。

三  原告の追認受講開始が遅れたのは、被告乙山の違法な受講拒否や、本件高校が適切な対処を怠つたことによるものか否か(争点3)、本件高校の原告に対する原級留置処分が違法か否か(争点4)。

1  事実経過

《証拠略》によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 前記のように、原告は、平成二年一月一〇日、被告乙山のところへ謝りに行つたが、その際、被告乙山も原告に対して謝罪してくれるものと期待していた。しかし、その席で、被告乙山の謝罪がなかつたため、原告は、同人に対するわだかまりを増大させ、そのため、特別指導解除後の三学期においても、電気製図に身を入れず、持ち帰りを禁止されている製図道具や作品を自宅に持ち帰り、被告乙山がそのことを注意すると、「どうしようと勝手やろ、俺のや。」と反抗的態度を示すなどした。

被告乙山は、一月一二日に、原告の母親と面談した際、互いに謝罪したうえで、原告の製図への意欲についての母親の援助を要望し、連絡を密にするよう話し合つた。

しかし、結局、原告は、二年三学期の最終授業(平成二年二月一四日)までに年間作成すべき製図一六課題のうち五課題が未完成であつた(ただし、うち三課題は、原告が特別期間中に実施された課題であり、また、原告自身は、未完成課題は三課題であると思つていた。)。

被告乙山は、製図が遅れている生徒を対象に、学年末考査期間中の二月一九日と二二日に、考査時間終了後、時間を制限しない補習を行つたが、原告は欠席した。また、二月二八日には、進路調整学力補充として、四時限を充てて作図の時間を設け、原告は、これに出席し、三学期中の一課題を完成した。原告が、右補習に出席しなかつたのは、三課題の製図が未完成で、とても完成させることができないと思つていたこと、追認補充を受ければよいと考えたことによる。

また、原告は、国語と保健についても欠点になりそうであつたため、特別課題を行うことになつた。原告は、国語についてはスムーズに課題を完成させたが、保健については、担当教師と内容について意見が合わなかつたことから、四回ほどやり直しを命じられ、そのため、課題のプリントをくしやくしやにしてトイレに捨て、心配する小舟教諭に対しては、「もうええわ。学校やめるから。」などと言い、小舟教諭がプリントをトイレから拾つて、アイロンでしわを伸ばし、原告に再度課題を行わせることにより、原告は欠点にならなかつた。

しかし、原告は、製図実習については、未完成作品が五課題もあつたことから、平成二年三月一二日の及落判定会議において、進級認定に必要な点数(四〇点)を取得していないとして、進級保留となつた。

(二) 本件高校では、進級保留者の救済として、追認制度があり、これは、進級保留者から関係教科の担任に対して願い出があつた場合に、当該担任は追認評価に必要な指示を行い、その指示に従つて及落判定会議で指定された時期までに課題を実施し、当該担任にて評価ができる成果が得られた場合に、単位の認定を行うものである。

平成二年三月の第二学年製図の追認実施にあたつては、高橋教諭と被告乙山が打合せを行い、追認願は被告乙山にて受付、指示し、指導は両名が協力して当たること、補充内容は、年課題のうちの既作成図や未完成作品の中から一〇課題を選び、それらを自分の作品や他の生徒の作品を参照して製図をさせること、補充時間は余裕を見て四二時間とし、日程は三月一三日から三月二六日までの九日間(ただし、同月一六日から一八日は、入試事務のため全生徒登校禁止)とした。

原告は、平成二年三月一三日午前八時過ぎころ、担任の小舟教諭から、被告乙山に追認願いを提出するように指導を受け、別室で待機していたが、その間に、追認願書(そのひな型が《証拠略》である。)の「追認評価をお願いいたします。」と印刷されている「お願いいたします」の部分を鉛筆で消したうえ、右用紙で紙飛行機を作つていた。それを発見した小舟教諭は、折つた用紙を拡げ、鉛筆で消した部分を元に戻して、原告を、他の追認願者とともに被告乙山の所へ連れて行つた。

被告乙山に対しては、他の生徒は、「お願いします。」と挨拶して追認評価願書を提出したのに、原告は、追認願を被告乙山の机に投げ出したので、被告乙山が「どうしたのか。」と尋ねると、原告は、「見たらわかるやろ。」と大声で言つた(原告本人は、追認願を普通に被告乙山の机の上に置いたと供述するが、《証拠略》に照らし、採用できない。)。

被告乙山は、追認願が出された場合、前記高橋教諭と打ち合わせた追認内容を指示説明する必要があつたのに、原告の前記態度ではそれができる状態ではないので、傍らにいた小舟教諭にその旨話したところ、原告が、被告乙山に対し、「おい、おつさん、こつち向いて言えよ。」などと暴言を吐くので、被告乙山は、これでは追認課題の指示説明ができないと考え、小舟教諭に対しては、とにかく指示説明ができる状態にして欲しい旨要望した。

小舟教諭は、原告を部屋の外に出し、暴言について謝罪することや、きちんと追認願を提出することを、頼むような調子で指導説明したが、原告が、「お願いしてまで製図の追認を受ける必要がない。」と述べ、拒絶するので、小舟教諭は、説得を中止し、原告を帰宅させた。

(三) 小舟教諭は、右同日、原告の母親に対して説得を依頼し、翌日母親とともに登校した原告を、母親とともに説得し、後に他の二年担任教諭も加わつて、説得指導したが、原告は全く指導に応じなかつた(ただし、右指導説得の内容については争いがある。)。

こうして、三月二一日までが経過した(この間の経過については争いがある。)が、三月二二日に、原告は、被告乙山の示唆もあつて、高橋教諭に対して追認願を提出し、指示説明を受けたうえ、追認に入つた。この時点で、全追認時間四六時限のうち、二四時限が経過していた。

(四) 原告の課題処理状況は、次のとおりであつた。まず、初日の三月二二日には、一課題完成させ(ただし、原告は、被告乙山の完成審査をきちんと受けなかつたので、他の三課題も完成させたと考えていた。)、二三日には二課題を完成させ、二四日と二六日の午前中で二課題を完成させ、二六日の午後で一課題に着手したが未完成に終わつた。このように、最終日の三月二六日に至つても、原告には未了課題が多数あつたので、小舟教諭は、原告に対し、判定会議に間に合うよう時間を延長できる旨を伝え、当日の予定時間三時一五分前に小舟教諭と高橋教諭も加わり頑張るよう励ましたが、原告は、終了の時鈴を聞くと、「終わつた。」と行つて走り帰つた。

結局、原告は、補充課題一〇課題のうち四課題を完成したが、四課題が未完成、二課題が全く手つかずのままに終わつた。

(五) このため、原告は、平成二年三月二七日の第二次及落判定会議において、製図二単位不認定のため、原級留置と決定された。

2  原告の主張

(一) 追認制度は、学校や教師が、正規の授業に及第しなかつた生徒に対して恩恵的に与えるものではなく、及第に達しなかつた生徒に対して進級の機会を与えるための生徒の権利に属する制度であり、これは、憲法二六条に由来する生徒の学習権を充足させるためのものである。したがつて、学校及び担当教師としては、生徒の状況を十分に配慮した上で計画を策定し、かつ、その計画内容は対象の生徒に対して等しくその機会を与え、公平になされなければならない。

ところが、被告乙山は、何らの正当な理由なく、原告の追認受講申請を拒絶し、違法に原告の追認受講の機会を奪つた。追認申請時に、原告は追認願を提出して、適式の受講申込みをしているのであつて、原告が被告乙山に対し非礼な態度を取つたことは、追認受講拒絶の正当理由になるものではない。

また、担任の小舟教諭は、原告が被告乙山に謝罪をしなければ追認受講を認めない旨指導しており、本来追認受講の条件にならない筈の謝罪を、当人の独断か、被告乙山の要請により、原告に強要し、結局、原告の追認受講を遅らせた。

さらに、原告の追認受講が遅れたのは、事態の対処を小舟教諭任せにし、当初から高橋教諭に追認願を提出させるといつた配慮をしなかつた本件高校の無責任体制にも責任がある。

(二) 本件高校及び被告乙山らの不当な追認受講拒絶によつて、原告の追認受講開始が三月二二日となつたが、残りの二二時間では、追認補充の課題を完成させることは到底不可能であつた。原告は、追認の間、昼食も取らずに頑張つたが、課題を完成させることができなかつた。

ところが、本件高校長は、職員会議による進級認定会議を経た認定処分において、原告が、このように不当に追認受講を遅らせられたことを何ら考慮することなく、進級保留処分をなしたのであり、これは、教育的裁量の範囲を著しく逸脱した違法な処分である。

3  被告の主張

(一) 学校教育においては、単に知識、技能の習得だけではなく、社会生活において守るべき基本的な社会規範に従つた基本的行動様式、生活習慣も、学校教育全体を通じて育成するものであるところ、原告の追認評価願提出時の被告乙山に対する言動は、被告乙山が追認の指示に入ろうにも、学科の成績評価以前の、常軌を逸脱した放置できない問題行動であつたので、小舟教諭が、追認申込手続の半ばで原告を連れ出し、原告に反省と態度を改めるように求めるほどであつた。

ところが、原告は、反省しないばかりでなく、追認補充の機会を放棄するとの頑な態度をとり、容易に指導に応じなかつたものであり、追認補充受講開始が遅れたのは、原告自らの責任である。

(二) また、原告は、追認補充に入つた後も、遅刻して登校したり、被告乙山の励ましにも反応はなく、最終日にも、終了の時鈴を聞くとすぐに帰るなど、作図態度には真剣さが欠けていたのであつて、課題を完成できなかつたのも、原告が補充時間を無為に過ごしたことの結果に過ぎない。

(三) したがつて、被告乙山の処置や、本件原級留置処分は正当である。

4  当裁判所の判断

(一) 追認受講開始までの経過について

《証拠略》によると、三月一四日に二人が本件高校へ行き、小舟教諭に対し、追認受講を要望し、暴言と受講を切り離して扱つて欲しいと要望したところ、謝罪しないと追認を受講させられないと教科担任が言つている旨言われたこと、原告は、一五日及び二〇日にも登校したが、同様のことを小舟教諭に言われたこと、原告の母親である岩根朝子は、一八日夜、小舟教諭に対し、追認願は提出済みなのだから受講できないのはおかしい、追認実施に当たつては、受講できなかつた日数を保証して欲しい旨を要望したこと、母親は、二〇日に教育委員会に抗議したことが認められる。

これに対し、証人小舟は、同人は、原告に対して、進級してもらいたいからもう一度追認願を提出するよう、また、追認願時の暴言に対して謝るよう指導説得はしたが、謝罪しないと追認を受けさせないとは言つていない旨証言している。しかし、原告が何度も登校しているにもかかわらず、追認を受講できていないこと、母親が教育委員会にまで電話をして抗議したことからすると、原告は、一応進級の希望を持つていた(特に母親が強く希望していた。)と認められ、従前の経緯もあつて被告乙山に謝罪することに抵抗があつただけであると推認されるから、被告乙山に対する謝罪と追認の再願とを分離して指導されたのであれば、もつと早く追認願を再提出していた筈であると考えられる。このことからすると、証人小舟の右証言は直ちに採用できず、同人は、謝罪を受講の条件として指導したと推認するのが相当である。そして、小舟教諭が独断でそのような指導をするとも考えられないから、右は、被告乙山の意向であつたとも推認される。

(二) 原告が追認期間中に補充課題を完成させ得たか否かについて

被告乙山は、本件追認補充課題は、いずれもその年度に授業で取り上げたものであり、以前に一度描いたものであるし、クラスの優秀作品を見本として参照できるようになつていたので、時間として短いものではないと供述している。

しかし、追認課題は、正規の授業では合計三二時間三〇分かけているのであり、一〇課題のうちには特別指導期間中で作図経験のないものや、正規の授業でも完成できなかつたものが三課題含まれており、さらに原告は作図があまり早くないこと(原告は一学期も学力補充期間を利用して、課題を完成させている)を考えると、原告にとつて、二二時限で課題全てを完成させるのは不可能であつたと推認される。

もつとも、被告乙山本人の供述によると、同人は、生徒に対して、毎日製図の切りのいいところまで時間を延長することを許していたことが認められる。原告本人は、最終日以外は時間延長の話を聞いていないと供述するが、被告乙山は、原告だけではなく、追認を受けている五名の生徒全員に対してそのような指導を行つているのであるから、中には時間を延長して製図を続けた生徒もいることは容易に予想されるのであつて、たとえ原告が直接に時間延長の話を聞いていないとしても、そのような配慮がなされていることは分かつた筈である。これに加えて、先に認定したように、最終日には時間延長の話がなされたのであるから、このような時間延長分を考慮すると、原告にとつて、課題完成が不可能であつたとは必ずしも言えない。

(三) 判断

先に認定したような原告の追認受講願時の態度は、指導官である被告乙山に対する著しい非礼であり、被告乙山に対して謝罪しなければならないこと自体は、原告も認めているところである。

しかし、原告の右態度は、単に被告乙山に対する非礼であるに留まらず、追認願用紙で紙ヒコーキを作つたり、受講願いの言葉も述べずに暴言を吐くなど、追認受講の意思すら疑わせるものであつて、被告乙山が、原告に対する追認課題の指示説明ができる状態ではないと判断したことも無理からぬところである(《証拠略》によると、原告の特別指導解除後の最初の授業の際に、課題について高橋教諭から一五分程度の説明を受けたことが認められるのであつて、これよりすると、追認開始時の説明も、相当程度の時間を要するものであつたと推認される。)。

この場合、教師としては、原告に対して、非礼を反省させるとともに、きちんと追認願をやり直し、課題についての指示説明を受けるように指導説得するのは当然である。原告は、謝罪を追認受講の条件にするのは不当であると主張するが、原告の謝罪するよう指導することは、原告に非礼についての反省を促すに留まらず、被告乙山に対するわだかまりを整理し、スムーズな追認受講へと導くための一つの教育方法として、それなりの合理性を有するものであつて、謝罪を追認の前提とするのも、あながち不合理とは言えない。しかも、謝罪が本来なすべきものであることは、前記のとおりであつて、何ら不当なことを要求しているわけでもない。

また、先に認定したような原告の態度、すなわち、用紙の文言を一部抹消したうえ、追認願の用紙で紙飛行機を作つたこと、追認願時に被告乙山に対して暴言を吐いたこと、小舟教諭に対して「お願いしてまで追認を受けたくない。」と発言したこと、保健の特別課題を巡る行動からして、原告の進級や追認受講に対する熱意には疑問もあり、このことも、原告の追認受講開始が大幅に遅れた一因を成していると考えられる。

原告は、本件高校が、当初から追認願を高橋教諭に提出する扱いをしておれば、原告は早い時期に追認受講を開始することができたのであり、このような扱いをしなかつたのは、本件高校の無責任体制によると主張する。しかし、原告が被告乙山に不信感を抱いているからといつて、本件高校に、追認受講の受付担当を高橋教諭にしなければならない義務があるとは言えない。

(四) 結局、原告は、一一月の事件以来の被告乙山に対する不信感に捕らわれ、それに余りにこだわり過ぎたため、追認受講に対する熱意が乏しかつたのも手伝つて、自ら追認受講をする機会を閉ざしてしまつたものというべきであり、本件追認を巡る被告乙山及び本件高校の措置に、著しく裁量を逸脱した違法があるとは言えない。

そして、そうである以上、本件高校長がなした原級留置処分も違法とは言えない。

四  以上によれば、被告乙山の行為は、原告の頭部を教務手帳で叩き、傷害を負わせた点に関する限り、違法性があり、前記認定事実によれば、被告乙山に過失があると認められる。そして、被告乙山の右行為により、原告は治療費として三六三〇円の損害を被つたことが認められ、また、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告の被つた精神的損害を慰謝するに足りる金額は三〇万円、本件弁護士費用としては一〇万円を損害として認めるのが相当である(なお、記録によれば、本件訴状が被告大阪市に送達されたのは、平成二年七月二四日であると認められる。)。

ところで、被告乙山が公権力の行使に当たる被告大阪市の公務員であり、右行為が同人の職務の執行としてなされたものであることは、前記認定事実から明らかであるから、被告大阪市は、国家賠償法一条により、原告の右損害を賠償する責任がある。しかし、公権力の行使に当たる地方公共団体の公務員が、その職務を行うにつき故意または過失によつて違法に他人に損害を与えた場合には、地方公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任じ、公務員個人はその責めを負わないと解するべきであるから(最高裁判所昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)、本件での、被告乙山に対する請求は、理由がない。

五  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下司正明 裁判官 西口 元 裁判官 高松宏之)

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